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愛しのカメラたち






交換レンズ」というものがありますが、NK の場合は「交換カメラ」という方がピッタリするぐらい、次から次へとカメラ遍歴を繰り返しています。
悪く言うなら「浮気性」、良く言うなら「理想を追求してやまない人」といったところでしょうか。

まあずいぶんいろんなカメラを使って(というか「買って」というか)きました。すべて衝動買いです。その時々においては、超真剣なのは言うまでもありません。
これがなければ写真撮る意味がない(生きてても仕方がない)ぐらいまでの高揚感の中で、お店に急ぐわけです。

「20世紀最後のカメラ」とか「人類が手にするカメラの決定版」とか、「名機中の名機」とか、「トロかビロードの手触り」とか、まあ、いちいち納得しているわけで。 ビョーキですな。

かたじけなくて、もったいなくて、フイルム通す勇気などありませんよ、というビョーキ仲間もいますが、NK はそこまでの重症ではありません。でも、そういう気持ちワカルワカル程度までは、うん、いってるね。特に「かたじけない、もったいない」の責めに泣くのは、付けにくいストラップを装着するときと、鏡胴の先端にフードを逆付けして持ち歩くとき。ライカはこういうときの使用者(購買者?)の心情まで読んで作ってあるのには、感動します。

(手触り)
NK20歳代の時、地懐社の写真仲間であった岡本彰郎さんが、写真をやめてゴルフに夢中になられたある時、ボクもゴルフの方がおもしろくなって、またお友達付き合いをさせてもらうことになったある日、「ゴルフクラブを選ぶ第一のポイントは、グリップが二チャッと吸い付いて、自分の手の一部に化けてしまう、あの感じですね」とおっしゃったのを思い出します。
左手で常に触るレンズの操作部(シャッター・絞り環、フォーカス、ズーム)の感触が、まず、第一のポイント。
キャノンのEOSシリーズ(最高級のレンズを除く)は、機能、描写力において圧倒的にすばらしいのは認めますが、この第一のポイントで、落第です。ニコンレンズも似たりよったり。ペンタックスも、オリンパスも、ミノルタもだめ。
コンタックスやハッセルのカールツァイス・レンズが最高。
ライカももちろんいいけれど、絞り環に遊び(ガタ)があるのが多いのはいただけませんね。
最近のオートフォーカスレンズは、ズーム以外に触るところがあまりないので、いいじゃないかという人がいるけれど、そのズームがスコスコだと、やはりゆるせません!
カメラ本体の手触り、持ち心地(重量も含めて)でも、ライカとハッセルに迫る国産機は、ついに 20世紀には現れなかったようですね。キャノンの EOS-1V(HS ではありません)とニコンの F100(F5 ではありません)が、かなりいい線いってはいますが。
たとえば、ライカのR8。タンクみたいな不格好な外観で、触る気がしないという人が多いようですが、一度手にしてみれば、その持ち心地、手触りで、なるほどこれは気持ちいいと納得されるはず。それぞれの指が必要なところに自然にすっとおさまるのです。逸品です。
同じ不格好でも、コンタックスの AX など足下にも及びません。AX は、どこをどう持てというのかと、文句を言いたいほど。この点では、ペンタックス67 と双璧をなすものでしょう。ただ、バックフォーカスという機構と、上に述べたカールツァイス・レンズのなめらかな操作感ゆえに、AX は NK の愛用機ではあります。ただし、コンタックスが従来のツァイス・レンズの手触りを残したままでオートフォーカスの N1 を発表したとなれば、そして、645 のレンズもアダプターで使用できるとなれば、もう決定版でしょうね。

(ファインダー)
視野率とかパララックス矯正とかがいつも問題にされますが、もっと基本的なところ、たとえば明るさとか、ピント合わせのわかりやすさとか、視野の広さとかといったところを、きちんと全うしているカメラが好きです。特に強調したいのは、視野の広さ。隣の部屋の窓越しに景色を見せてくれるようなファインダーは、我慢がなりませぬ。この点では、ライカのミニルックスもコンタックスの G2、TVS も落第。コンパクトカメラでは、リコーの GR がいい。古いところでは、レチナの大窓。文句の付けどころがないのは、もちろんM型ライカ。
ただ、ライカを含めてレンジファインダーカメラのファインダーで、どうしても好きになれない、やっぱり NK は一眼レフに戻ってしまう理由は、レンズの先端やフードの一部がファインダー右下に見えてしまうところです。
一眼レフはその構造上悪く作りようがないのでしょうが、そんな中でも特に気持ちいい覗き具合のカメラは、ミノルタの一眼レフとオリンパスの OM シリーズと R型ライカのすべてとコンタックスの一眼レフと、中判ではペンタックス645Nでしょう。
ハッセルは比較の対象がないほどのすばらしさです。(ファインダー覗いているだけで、もう満足。シャッター押すのなんて、あなた、もうどうでもいい、といった世界です)。
一眼レフは、ボケ具合をはじめ、すべてがきちっと見えてしまうから、現像があがってきてからの驚きがないのを、残念がる人がいますが、さて、そんな理屈が通りますかね?

(オートフォーカス)
オートフォーカスで一番イヤなのは、シャッターボタン半押しという不自然極まりないことを使用者に強いている点です。別ボタンでもできるようにしてある高級機はいいとして、一般に誰も文句を言わずにこれを受け入れているのが、不思議です。
フォーカスロックが簡単確実にできるなら、あっても文句はない程度に受け入れてはいますが、あまりにもオートフォーカスにコストが掛かっているようにうかがえるカメラは、なんか購買者が損をしているような気がして。
特に、多点測距や視線入力などは、技術者の遊びにすぎないように思いますね。EOS-1V も、 NK は、一番のウリである測距点の選択・表示の機能を殺して使っています。アマチュアは動き回る子供の写真を撮るものだぐらいにナメていてはいけません。
よけいなお世話の極みは、ミノルタお家芸の技術、ファインダーに眼をあてただけで、オートフォーカスが作用開始するあの仕組み。これもいやならオフにできることはわかっていますが(わからない人もいっぱいいますが)、これをありがたがるユーザーって、ほんとうにいるのでしょうか。
会社が揺らぐほどの損害金をアメリカに支払わされたあの特許関係係争事件の時に、日本のメーカーはオートフォーカスをきっぱりとやめてしまえばよかったのでは?
双眼鏡こそ、オートフォーカスが大活躍する分野ではないでしょうか。
とかなんとか言ってる間に、わっ、コンタックスまでがオートフォーカスの一眼レフ N1 を発表しました。(7月18日)
残るは、ライカだけ。でも、R8 のレンズマウントの未使用接点やボディ内のあの余裕は、ひょっとして、などなど考え込んでしまいます。

(シャッター音)
最近はシャッター音だけを楽しむことができなくなりました。ミラーの音、自動絞りや巻き上げの音が混じってしまって。
空押しするだけで恍惚感を与えてくれるのは、コンタックスの G2 と RTS3, ST, RX, AX。もちろんRシリーズのライカ。
ペンタックスの MZシリーズも大好き。ミノルタもいい。ニコン、キャノンの両雄は、イマイチ。
わけ知りの人がよくいうライカM、とりわけ M3、の「コトッ」というシャッター音、ボクはそんなにすてきとは思いません。ジーという低速シャッターの音は、もう天国的にすてきですけれど。
NK をうっとりさせるシャッター音とは、デュポンのライターの「シュボッ」にわずかに「チッ」が混じっているような。

(耐久力)
これを語る資格は、ボクにはありません。ただし、多くの客に触りまくられた店頭のデモ機や程度の悪い中古品から判断して、いろんな見解は持ちますが。(たとえば、使い込むほどにプラスチックのテカリが出てくる普及タイプの EOS は、いやですね)。
40年前の愛用カメラ ニコマートを先日がらくたの中から、取り出してみましたが、無惨なものです。
40年前にいろんな栄誉を頂いた作品の前後ボツの部分のポジも見つかりましたが、カビや退色だけでなく、重なったポジやそのスライド枠に色が移ってしまっていて、もう無惨そのもの。
ま、社会学的・生理学的に言って、40年前のボク自身など、もう「ない」のですから、そういうもんだとあきらめるのが人生でしょう。
機材も、そして作品も、消耗品とあきらめていいのでは?..... なんていうと、あちこちから叱られそうですが、美術工芸品も音楽も文学も、考えてみれば、このあきらめがあってはじめて、次へのステップがあるのではないでしょうかね。

(パノラマ)
ただ単に 35ミリのレギュラーな描写範囲に枠をつけるだけの「疑似パノラマ」をバカにするのが、カメラの達人のいつもの姿勢のようですが、NK は、そうは思いません。 他人任せの DPE で写真せざるを得ない大多数のアマチュアにとって、はじめからパノラマ規格で大きくプリントしてくれるのは、いいことだと思います。
カメラ店の店員はさておいて、多くのプロも陥っているのは、パノラマはワイドで広範囲のものを写すのが本来の使い方だという誤解です。
ボクは、パノラマというのをフォーマットの問題として捉えるべきだと言いたいのです。 あの長方形のフォーマットで作画するという意味でパノラマはすばらしい仕掛けだと思いますね。 同じ意味で、シリアス・フォートグラファーが冷たい目で見る APS も、存在意義が大ありだと言いたい。

(チラッと)
撮影会というものを経験したことはありませんが、あんなにたくさんの写真する人が集まると、NK なんかは、一人一人が使っているカメラをチラチラと横目で確かめて、撮影なんかどうでもいいようなことになりそうですね。撮影会でなくても、街で行き交う人がカメラを首にぶら下げていると、チラッどころか行き過ぎてから戻ってまで確かめるのですから。「お主、やるな!」みたいなもんで。 むかし侍は他の侍の刀を、そのように確かめたんでしょうかね?(侍そのものは嫌いですが、侍のアナロジーでカメラのことをよく書く赤瀬川原平は好きです。T2 を『脇差しに』など)。

(デフォールトで)
たとえば、オートフォーカス。
フルタイム・オートとか、動体予測フォーカシングとかは、左手で赤子を振り回して、それを右手のカメラで撮る時とか、あるいは、驀進してくる列車を真正面から撮るとかの場合には、とてもありがたい機能ではありましょう。
問題は、そのような結構な機能が、基本的な設定、あるいは特定の設定をせずに使う場合に、大きな顔をしてそこにあるという仕組みです。難しく言えば、その機能がデフォールトになっていることです。いやなら殺せばいい、解除の方法はマニュアルに書いてある、というのは、やめていただきたい。コンピュータやケータイの世界でもある話ではありますね。ユーザーは、あの下手な日本語で饒舌に書いてあるマニュアルなんかと付き合っておれないのだ!
先日買った入門機などは、持って歩いている間中、オートフォーカスがギコギコ動いていて、不気味。スイッチを切ればいいぐらいはわかるけど、それだと、いい被写体を前にしてすぐに臨戦態勢に入れないではないですか。

(ゆるせない!)
言わんとする意味は推量できますが、個人的に NK がチョー・ムカツクのは、次のお言葉。
「素人はズーム、ズームと騒いでいるけど、どうせその両端しか使わないのだから、プロはそんなの興味持たないのです。」(ズームって両端しか使わないものなの? まっじい?)
「最新型のハッセルに、80ミリ、120ミリ、150ミリの新品レンズを取りそろえるのを、『ハッセルのだんなセット』といって、銀座の一流カメラ店ではバカにしているのですよ。」(ゼニ払ってくださるお客さんをバカにしてようやっていけるんやな、大阪でなら、とっくの昔に倒産してまっせ。東京はチョロイ。)
そういえば、同程度にムカツクお言葉を、NK もうひとつの趣味であるクラシック音楽の世界でも、聞いたことがありますね。これもトキオは銀座の一流レコード店店員のセリフ。
「年末にカラヤン指揮の第9 を買いにくるようなお客ばかりだと、気が滅入りますよ、本当に。」
こういうことを言う「店番」(って言ったら怒るだろうね、「顧客指導員」とかぁ胸に付けてるもんね)には、次のようなことをつぶやけばいいんでしょうね。
「メンゲルベルクが斉藤記念オーケストラを振ってるシェニトケのイ長調を探してるんだけどぉ」とか。

● NK、21世紀はこれでいく!
いろいろありました 20世紀も暮れて、2001年1月1日を迎えた時点での NK ですが、カメラに関して、次のような形でスタートします。
★ あまりに多機能でオート、あまりにでっかく重くなりすぎた国産フラッグシップ一眼レフは、もはやNKの手に余ります。写真を撮っているというよりは、電子機器を扱っている感じ(というよりも、扱わせていただいている感じ)で、全然楽しくありませんので、すべて処分。(名機ペンタックスMZ3だけは残します)。
★ 視力が落ちてきましたので、上からファインダーを覗く楽しみは、もうあきらめました。二眼レフやハッセルブラードの世界に遊ぶことは、もう多分ないでしょう。あまりかさばらないプリズムファインダーをつけて、なんといってもツアイス・レンズを使える中判、そう、コンタックス645 は例外かな。
★ 完璧な構図主義からの脱却を目指して、その性質上いいかげんなフレームしか使わせてくれないレンジファインダーのカメラに、これからはのめりこんでいきます。つまり M型ライカです。ただし、M7 で、AE や自動巻き上げまでは赦せますが、オートフォーカスの方に突っ走るなら、もうライカも捨てます。
★ 広角としてではなく、今ひとつの新しいフォーマットとしてのパノラマを、ハッセルの X-Pan で楽しみます。
★ 本格的なデジタルカメラ、キャノンの D30 を主装備とします。

なあんて、年頭に決意した(思った、ちょっと感じた)ことが、1ヶ月も経過しないうちに、いやそうでもないかも、なんて感じ始めて(思い始めて、決意し始めて)いる、軟弱きわまりない NK です。(だれだ!「舌の根乾燥機内蔵の NKさん」なんてあだ名を知っているのは!)



 デジタルカメラ雑感

この写真サイトは、1996年に NK's Digital Photo Salon という名前でスタートしました。その際、 digital というのは、従来型のカメラで撮った銀塩フィルムをデジタル処理してインターネットに載せるというほどの意味でしたが、いわゆるデジタルカメラによる写真作品の展示だと誤解する人が多いものですから、Digital をはずして NK's Photo Salon と一度は改名したものでした。
ところが 1999年の暮れぐらいから、急速に "digital all through"(撮るときからデジタル)の本格的な時代に突入してきました。決定版 Nikon D1 の出現で、迷わず NK's Digital Photo Salon に戻し、デジタル映像の部を充実していきたいと思っています。すばらしい新世紀だと思います。
(いまのところ、銀塩さようなら、と言い切るほどの勇気はありません。なんといっても発色の鮮やかさ・深さと、いわゆる抜けの良さで、銀塩ポジに迫るところまで行っていないことは認めざるを得ません。ネガはもうメじゃないと言い切っていいようですが。)

まずもって、「デジカメ」という下品な響きの省略語(たぶんデバカメに似ているからでしょう)は「パソコン」や「エンコウ」と同じぐらい嫌いです、という表明をしておいた上で、さて:

写真の生命はレンズです。
レンズの味・描写性能をなによりも大切にするシリアス・フォトグラファーにとって、小さな小さな CCD に短い距離で焦点を結ぶという機構的宿命を帯びた小型デジタルカメラに期待するところは、あまりありません。
遠景描写など無視して、接写機能や肌色描写にのみこだわり、収差そのままのプラスチック製レンズをつけ、やたらズーム倍率、それもデジタルズームなどというダマシに興じ、録音機能や動画機能をおまけにつけ、10枚も撮ればバッテリーがあがってしまう、そういった「デジカメ」は、ボクには不要。
また、紙焼きをせずインターネットというメディアでの作品発表をメインにする者にとっては、画素数やプリントの簡便さをウリにする「デジカメ」に興味を感じるところはいっさいありません。

その意味では、カメラ技術の頂点を極めたニコンが、満を持して出した D1 を、使うか使わないかの選択しかないと、断言できるでしょう。
コンピュータと同様、回り道ばかりしている NK ですが、キャノンが、ライカが、ペンタックスが、35ミリなみのサイズの CCD を搭載し、レンズ交換可能なデジタル一眼レフを出してくれない以上、現時点では「D1 いのち」と言わざるをえません。
ミノルタもこの条件にかなうものを出してくれましたが、どうもあのガンダムのような姿になじめなくて、やはりニコンというところに落ち着きそうな NK です。画素数競争などにそっぽを向いて立派な仕上がりぐあいでソニーが出した Cyber-shot Pro DSC-DC770 もいい線をいっていますが、やはり手持ちのレンズをそのまま使える D1 にはかないません。(「手持ちのレンズ」というのは、矛盾しておりまして。なにしろ、この高価なボディを買うために、手持ちのレンズを全部放出しなければならなかったのですから! トホホです。)
ニコンレンズの特性でもあるのですが、デジタルで特にそれが際立ってくるあの「目が痛いほどのシャープさ」、これをどうコントロールして、あのライカやツァイスレンズの持つ滑らかな階調にもっていくかが、これからの贅沢な悩みとなりそうです。(2000年3月現在)。

とか言っている間に、キャノンもコンタックスもペンタックスも、本格的デジタル一眼レフを発表しましたし、予想以上に急速にデジタル時代に突入していくようですね。
特に、どんどん出てくる新型の中には CCDサイズを 35ミリフイルムサイズと同じにしているのが見られるのは、歓迎されるべきことです。この点で、ニコンD1 は、もう「遅れている」と言えそうで、複雑な気持ちです。

スキャナーなどを通さないで、撮ってきたそのままを直に発表できる、この自由というか開放感というか、これはなによりもうれしいものです。
他人任せのいいかげんな DPE にイライラしたりすることからの開放は、高級プロラボに仕上げを任すことのできるプロや東京などの大都会に住むアマチュアなどには想像外のことでしょうが、大多数のアマチュアにとっては大問題だったのです。

一つの可能性;
Camedia C2500 を、簡易型デジタル一眼レフとして愛用していたのですが、D1 買ったからもう要らないかと処分したのでした。が、やはり気軽に持ち歩くデジタルカメラも欲しいということで、新型 C2100 を買いました。Nikon Coolpix 990 持ってるのじゃないの?とおっしゃるのですか。Coolpix の写りは最高ですが、透視ファインダーがお粗末だし、シャッター押しても撮れたのかどうかがさっぱりわからず、お蔵入りしているのです。本格的一眼レフタイプを除いて、すべてのデジタルカメラは、この点で同罪ですね。液晶画面を見ながら撮影する等は、人間の尊厳に関わることで、考えもしませんし。
で、C2100 ですが、これって、本式の光学式一眼レフじゃないんです!
といっても、一昔前キャノンから出ていたデジタルカメラのように、一眼レフみたいな格好はしているけれど実は小さな小さな透視ファインダーが付いた「ダマシ」でもないのです。
レンジファインダーの中に液晶画面が見えるのです! ビデオカメラみたいに。
これって、すごい発明です。簡易型デジタルカメラの一つの可能性を示すものではないでしょうか。
パララックスがゼロ、ホワイトバランスも設定通りのホンモノの撮影結果を見ながらシャッター押せるのですから、すばらしい工夫だと思いますね。(ただ、残念なことは、画面が荒すぎる点と、手ぶれ防止をオンにするとリフレッシュレートの低さとの相乗作用でしょうか、画像がギクシャクする点です。)
だったら、はじめからバックの液晶画面を見ながら撮ればいいじゃないかとおっしゃるのですか? 繰り返しますが、あの姿勢、バッカみたいですよ。お断りします。
(追記:2001年7月)C2100のこのファインダー原理をさらに磨き上げたミノルタのディマージュに注目しているこのごろです。

バランス感覚;
ピントをつかみやすく視野率も高く、パララックスもない明るいファインダー、シャッターの手応え、各種機能ボタンが確信を持って押せるといった、従来のいわゆる銀塩カメラの使い勝手を継承しつつ、デジタルという新機軸を加えて、すばらしい開花を見るのが、21世紀のカメラでしょう。
その意味では、ニコンの D1 に続いて各社が出してきた、一眼レフタイプのデジタルカメラが、行き着くところとなりそうですね。ミノルタ、キャノン、富士フイルム、オリンパスといったところが、いい製品を出してきましたし、ペンタックスやコンタックスももうすぐ本格的なデジタルカメラを発売するようです。
ここで、特筆すべきは、オリンパスの Camedia E-10 でしょう。
レンズ交換ができないという一点以外は、文句の付け所のないバランス感覚抜群のデジタルカメラだと思います。レンズは交換できないというよりも、交換する必要を感じないほどの、すばらしい描写力の大口径標準レンズを備えているのです。
ニコンの D1 を持っていなければ(持っていても ^^o^^)、即ゲットしたくなる(もうゲットしていたりして ^^o^^)、そんなカメラです。

夢、かな?
往年の名機 Olympus Pen-F が、デジタルカメラとして復活しないかな? CCD サイズもそう無理しなくて済むわけだし。
それと、どうせ液晶を覗き込むのなら、いっそのこと、66サイズの液晶を上から覗き込むタイプ、そう!デジタル・ローライってのは、ないものでしょうかね?

いちばん大事なこと;
デジタルイメージの「なんでも思いのまま後処理できる」というプロパティを利用して、新しい写真アートを追究しておられる人を、まぶしい思いでながめながら、応援しますが、ボク自身は、銀塩、デジタルの「いいとこどり」で、あくまで自分の写真の便法としてデジタルメラも使うという基本姿勢を守ることになるでしょうね。だからエライとも思いませんし、だからダメとも思いません。

ゼロ型ライカ
友人が特別再生産のライカ・ゼロを入手しました。ちょっと触らせてくれて、エッと思ったことがあります。
折り畳み式のファインダーを起こして目をあてても、何も見えないのです。ボクの視力がここまで落ちたかというショックで、カメラを友人に戻しながら、そのことを言うと、あ、目をくっつけてはいけない、50センチほど離して接眼部に切ってあるクロスと前方の十字マークを一致させるとそれが写真の中心部、という仕掛けになっているとのこと。
エッ、それって、デジタルカメラの液晶ファインダーを見るのと同じ姿勢になるんじゃないの!
そうか、デジタルカメラの液晶ファインダーというのは、ゼロ型ライカへの「先祖帰り」であったんだ、そうなんだ。



さあて、2002年も暮れようとしています。
NKは、完全デジタルで 2003年を迎える準備を整えました
もうフイルムカメラへ戻ることはないでしょう。
ライカもハッセルもコンタックスもニコンもキャノンもミノルタもリコーもオリンパスもローライもペンタックスも、さようなら! いっぱいいい夢を見せてくれた 20世紀のすばらしいフイルムカメラたち、ありがとう!

あらゆることを熟慮(といっても、NK の場合、5分ぐらいか)して、決断(といっても、NKの場合、いつまでもつか)、今、手元にボクの指を待っているのは、次の2台だけです。(だれだぁ、「とりあえず」なんて付け加えているのは!)
Contax-N)
Sony DSC-F717

どちらもツァイスのレンズを付けているのは、偶然ではありません。やはり、最後まで好きなのです、ツァイスが。(実は日本製だなどと教えてくださらなくて結構。好きなものは好き、という頑固さを持ち続けていきます。)
おっとぉ、2003年 4月、次のかわいいヤツが加わりました。(^_-)-☆
Casio EXILIM EX-Z3
あ、とか言ってる間に、続々ワーオと叫びたくなるようないいデジタルカメラが出てきますねo(^-^)o
Canon PowerShot G5  (digital)
です。ここまでくると、もう「デジカメ」じゃないです、久しぶりに手にする「写真機」です。

30年の空白の後、また写真・カメラが急速に面白くなったきっかけを作ってくれたのは、Canon EOS シリーズ用の28-70mm F2.8通しのズームレンズでした。この描写力には舌を巻いたものです。ここ8年で、4回買い換えてきましたか。
そして、24-70mmとなって、デジタル一眼にも使いやすい新型登場!
となれば、これに「つける」(本末転倒?)ボディが欲しくなって、
Canon EOS-10D
は、やはり、どうしても、はずせません。

ああ、増えていくデジタルカメラ(^_^)/~~
こうなると、もう、100円回転寿司と吉野屋とローソンおにぎりの毎日になりそう…(-_-;)



ボクのライカは、コレでいい
透視ファインダーを覗く愉悦感、シャッターを押す感触、音、巻き上げのスムーズさ、ヒヤッとした金属の手触りと重量感‥‥といった点で、ライカの M と R に勝る写真機は、もう人類には与えられないのだと、諦めていますが、デジタルカメラ新時代になって、うん、これなら、これからのボクのライカ人生はコイツで行こうと思わせる、すばらしい写真機を見つけました。
しあわせ〜〜〜〜
Lumix FZ1  (digital) です。
鏡胴周りの仕上げ、ストラップまで、ライカそのもの。
世の中、500万画素とか 1000万画素とか競ってる中で、200万画素で押さえている見識に、敬礼! 畳2枚の大きさに紙焼きして展覧会に出品することもないボクには、200万で十分です。
Panasonic さん、ありがとう!
F2.8のエルマリート 400ミリの作品を手持ちで作らせてくれるライカなんて、夢のまた夢でした。
(2003年6月16日)

ボクのミノックスは、コレでいい
難波の小さなカメラ店。ショーウィンドウの深紅のビロード台に置かれていたミノックス。 1年間に 100回ぐらいは、それをガラス越しにスケッチして、いつの日か、これを買える大人になるんだ、と思っていた NK 14歳でした。ついにこれを手にすることはなかったのでしたが、わっ、Nikon が出してくれましたね!
Nikon SQ です。
たぶん金属ではないのでしょうが、そのビロードのような手触り、操作感。デザイン。これですよ、これ!
デフォールトでフラッシュが発光する「よけいなお世話」を除いては、文句なしの仕上がりです。
(2003年7月14日)



そこで−−−−−−;
20世紀銀塩フイルムカメラの総決算といきましょうか。
(もちろん NK の独断と偏見の極みでして、教育したり、ケンカを売ったり、共感者を求めたり、しているのではありません。)

ライカ: M3 と R6.2 で時間が止まれば良かった。
ニコン: S2 と F だけを生産し続けてくれたら良かった。
キャノン: EOS1 が頂点。 視点入力をなぜウリにする?
ハッセル: 500C から後の歴史は見たくなかった。
ミノルタ: オートフォーカスに工夫を凝らせば凝らすだけ、最高のレンズの魅力をキャンセルする。
リコー: リコーフレックスと GR28 だけでいい。
オリンパス: Pen-F が頂点だった。
ローライ: ここ 30年の歴史は屈辱でしかない。
ペンタックス: ぎこちないオートフォーカスを除いてすべてが良かった。 なぜ本格的デジタル一眼レフを断念した?



そして、これからの本格デジタルカメラ、NK 理想のスペック:(2003年8月現在)

35ミリフルサイズccd は、ここにコストがかかるようなら、不要。
画素数 500万以上。
デジタル専用に新設計された 17-200mm(35ミリ換算)、F2以上のズームレンズ付き密閉金属ボディ一眼レフ。
(あるいは、二重像合致式のブライトフレーム大型透視ファインダー付きコンパクトカメラ)
動画機能、デジタルズーム、赤目防止、視点入力、連写速度などにウツツをぬかさないホンモノの写真機

あ、これって、ひょっとして銀塩の名機ペンFを作ってくれたオリンパスが、2003年 10月頃に実現してくれる?
わっ(^_^)/~~



カメラ業界への一大提案
レンズの焦点距離表示ですが、今までのブローニーとか現在の小型デジタルカメラ等々で、いつも「35ミリ換算」としているのは、見苦しいので、次のような新方式を検討しません?
焦点距離をミリで表示しないで、相対画角で表示するのです。
18°〜210°とか。
これって、いいと思いません?



ああ、やっぱり銀塩も!
捨てたはずの銀塩も、やっぱり全面的に捨てられない軟弱 NKさんですぅ。m(_ _)m
花火で多重露光しようとして、デジタルでは不可能と知り、急遽 EOS-7を投入。
そして、知りました、久しぶりに銀塩フイルムに新種登場とのことを。あのベルビアが感度100 になって新発売。わーお。

うーん、デジタルの充電の問題で悩んでいたこの夏のイタリア旅行に持って行くのは、やはり銀塩かと。
で、
EOS-7 + 24-75 ニッパ通しのLレンズでは重すぎる。Kiss にするか? そうなるとレンズとのバランスが滑稽なことになる。
うーん。そうだ、あの大好きだったPentax-MZ3 に、これまた Tamron の自信作 28-75 ニッパ通しを付けて、持って行こう、ということに。(2003年8月15日)



で、帰国したら、もちろん>デジタル全復帰、のつもりがぁ〜〜〜〜〜
あ、銀塩も銀塩、その極致、といいますか、なんといいますかぁ、レトロの波がドド〜と押し寄せて、こんなのにハマリかけている NKさんなんですぅ(2003年10月9日)(+_+)(*_*)(+_+)(*_*)(+_+)(*_*)


Contax N を買うために「出した」ライカやハッセル、かえしてくれぃ〜〜〜!
こうなったら、Contax N digital をまた「出して」、M3 呼び戻す他ないか、な〜んちゃって。
あ、もちろん、上のフォクトレンダーをゲットするために、どのデジタルカメラ(複数!大量!)やらノートPC やらが「出て行った」かは、はずかしくて言えたもんじゃござんせん、ハイ<(_ _)>

でもさあ、一眼レフの精密なファインダーで凝り固まった NK流を、本来の性質としてイイカゲンなレンジファインダーが少しはほぐしてくれるかも、っていう期待もないといえばウソになる、みたいな、ビミョーな意味合いもあって、ともいう。ま、なんでもいい、コシナさん、いいもの作ってくれましたね、ありがとう!

でぇ、ベルビア一本撮り終わっての感想:
まずもって、ベルビアはいかん! やはりプロビアかコダックに戻るぜ、断然。
Bessa-T を構えるだけでいい写真撮れそうで、頼もしいカメラです。距離計のアイピースがファインダーとは別になってるの、初めてですが、意外と面倒でない、というかぁ、この方がピントに気を取られなくて、作画に専念できる感じで、うーん、これならまだ持ったことのないライカIIIF あたりをねらってもいいかも。
ああ、いかんいかん、急速にレトロになっていくぅ! 50年の昔陸橋の上でかいだ汽車の煙の匂いがハッキリ鼻に戻って来るみたいに、中学生時代に憧れの永野先生が持ってらしたライカIIB がやたら欲しくなってる今日この頃です。



ここから先、もう記録するいとまのないほどのデジタルの荒波・大波です。
目が回るぅ〜〜〜〜

思えば、短いボクの人生でも、周りの景色を全く変えてしまうほどの大波を 20年周期で3度かぶっていますね。
第1は、ラジオからテレビへ(10歳代)
第2は、LP から CD へ(30歳代)
そして、第3は、銀塩カメラからデジタルカメラへ(50歳代)

次は、何なんでしょうね?
予測しましょう: 自動車。
ハンドルとアクセル・ブレーキを操作してのマニュアル運転から、コンピュータによる完全自動運転でしょう。
これこそまさに「自動」車、あるいは、"trans-port"(存在位置変換装置)

しばらく、このコラムお休みしますね。(*^_^*)

(2004年10月8日)



結論でました!

コニカもミノルタも、銀塩ニコンも役割完了、舞台から退場して、あらゆる意味で、これが最終勝者か。


(2006年2月5日)



16:9 というフォーマット

Sony がツアイスのレンズを、Panasonic がライカレンズをデジタルカメラに付ける、というのは、20世紀最後の日本のカメラの絶対優位性を決定づけた方針でした。

さらに、Panasonic の LUMIX シリーズが、35ミリフィルム比率の 3:2 フォーマットに加えて、16:9 も選択できるようにしてあるのは、絶賛したいところです。 3:2 すら選ばせてくれない安物「デジカメ」が大多数である中で、Panasonic の選択は最高のものでしょうねぇ。(小泉さんのデショウネ節で言えば)

NKは今、この 16:9 ワイドビューの可能性に燃えています。
過去の 3:2 作品の「切り直し」をするまでに!

いわゆる「パノラマ」フォーマットは、遊びでしたが、16:9 は、ホンモノでしょうねぇ

(2006年3月2日)



世界のカメラ、総まとめ
(捨てるに惜しいたくさんの名機をあえて無視して)


20世紀中旬までのライカとコンタックス
20世紀後半のニコンとキャノン
そして、21世紀のソニーとパナソニックということになるでしょうか。

(2000年の夜明けに、NKは、21世紀初頭に、アップルとマイクロソフトのデジタルカメラが出現して、世界のカメラ界を席巻する図を想定していましたが、それはナイようですね。でも、まだわかりませんよ。一足先にケータイがそうなりそうですから。)

(2006年8月2日)


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